今ここに、一人の役者がいたとします。
彼は、舞台に立って、登場人物の一人を演じています。
集まった観客は、千差万別。
老若男女、様々です。
舞台で演じる役者への感想はまちまちです。
・彼のFanである観客は、目の前で動く彼に、ただそれだけで感動しています。
・彼の共演者に注目している観客は、彼の演技を水の如く受け止めています。
・作品自体を楽しむつもりの観客は、彼を登場人物の一人として受け止め、演技臭のない彼の存在に、作品に集中することが出来ています。
…等々
1本の舞台でも、多分、こんな感じに観客の質には違いがあるはずです。
その中で、何人かは、彼の演技を記憶に留めるでしょう。
そして、時を置いて、再び彼の存在に気が付く時がきます。
多分、ここからが「感性」の違いが出るのではないかと思うのです。
前回、水の如く感じた演技が、再び繰り返されたことにより、それが彼の力量の計り知れなさに由来するものと気付くかもしれない。
演技臭がしなかった、という事実が実力がなければ不可能だったのだと気付くかもしれない。
彼という役者の実力を認めて、でも、片方は彼のFanとなり、片方はFanと言うほどの惚れ込み方はしなかった。
感動が感性を揺り動かした時、人は相手に惚れ込むのではないでしょうか??
大野智という人の、才能の豊かさに触れるたびに、この才能に気が付くことの無い人の存在が信じられない想いがあるのですが、要は、
共鳴するその周波数帯の違いなのだろうと思うようになりました。
大野さんの一瞬一瞬に感動できるサトシックは、本当に幸せだと思いますし、感性の部分が近しいのだろうとも思います。
大野さんを、
自身の感性で見つけ出した人の総称を【サトシック】と呼ぶのでしょうね。
今回の月9も、クールとしては年度のスタートを飾る四月、初主演には最高のステイタス、なのかもしれません。
でも、そんなことより、昨年に続き、今年度もこんな幸せな時間を頂いたことが何よりに思えます。
これから、ドラマの終了する6月まで、幸せな時間が約束されているのですから、こんな嬉しいことはありません。
心からの感謝を、です。